Fujitsu
THINK5

起業家・小林弘人さんと
「分散化する世界と、ノイズの重要性」を考える。

小林弘人(左)
こばやし・ひろと/1965年生まれ。起業家、実業家。株式会社インフォバーン共同創業者・代表取締役CVO。『ワイアード』『サイゾー(現在は売却)』『ギズモード・ジャパン』など、紙とwebで多くの媒体を創刊。現在は国内外のカンファレンスやビジネスの取材に携わり、著書も多数。最新刊『After GAFA 分散化する世界の未来地図』が話題を呼んでいる。
速水健朗(右)
はやみず・けんろう/1973年生まれ。ジャーナリスト。食や政治、都市、ジャニーズなど複数のジャンルを横断し、ラジオやテレビにも出演。〈団地団〉としても活動中。近著『東京どこに住む 住所格差と人生格差』(朝日新書)、『東京β』(筑摩書房)など。TOKYO FM『TOKYO SLOW NEWS』パーソナリティも務める。

中央集権化のタームを超えて、分散化に入ったデジタル社会。

小林弘人さんは、かつて雑誌の『WIRED』がアメリカの西海岸で創刊されたときに、その日本版の創刊編集長として立ち上げに奔走した。1994年。インターネットなんて普及するわけがないと言われていた時代。あのとき”未来”だったインターネットは、今まだ発展途上なのか、それとも見直すべき段階にあるのか。もう一度、未来の話として”インターネット”について聞いてみたい。
速水健朗さん
速水健朗さん
小林さんの会社って、20年以上渋谷の隣・神泉にありますよね。ここは、かつての”ビットバレー”の中心地でもあると思うのですが、渋谷界隈という場所へのこだわりってあるんですか?
小林弘人さん
小林弘人さん
残念ながら、あまりないですね(笑)。また、渋谷の駅周辺の家賃が高いので、スタートアップにとって道玄坂の上が安くて魅力的でした。個人的には円山町のラブホ街がもつ猥雑な感じが、一生懸命オシャレになろうとする渋谷の隠せない素のような感じで好きです(笑)。
速水健朗さん
小林さんの会社って、20年以上渋谷の隣・神泉にありますよね。ここは、かつての”ビットバレー”の中心地でもあると思うのですが、渋谷界隈という場所へのこだわりってあるんですか?
小林弘人さん
残念ながら、あまりないですね(笑)。また、渋谷の駅周辺の家賃が高いので、スタートアップにとって道玄坂の上が安くて魅力的でした。個人的には円山町のラブホ街がもつ猥雑な感じが、一生懸命オシャレになろうとする渋谷の隠せない素のような感じで好きです(笑)。
速水健朗さん
あ、なるほど(笑)。渋谷や六本木、最近だと五反田とも言われますが、IT企業が集中する場所には、何かしら強みがあるのかなと。
小林弘人さん
場所の話で言えば、むしろテクノロジー、情報、資金調達の手法などはフラット化しているので、過去の優位性はなくなっているのでは。例えば、シリコンバレーはずっとトレンドセンターだけど、ポストシリコンバレーは全世界に遍在しています。むしろ新しい技術系企業が生まれる場所は局所的というよりも分散化している。地方をとっても昔は限られた都市にエッジーな連中が集まっていたけど、今は人口の少ない市町村の単位で面白い動きがある。大きなお金が動いているわけではないので語られていないだけです。一方で、代官山とか渋谷が持っていた文化をもう一度みたいなことで騒ごうとすることには違和感しかない。そういう文化を吸収した人々が鎌倉や逗子のコミュニティでとっくにおもしろいことを始めて、それが各地で再生産されていることに注目するべき。
速水健朗さん
コンピューターやインターネットの技術は、距離を無意味なものにするので、すべてが分散されていく一方で、GAFAと呼ばれるようなプラットフォームに一極集中している面もあります。
小林弘人さん
テクノロジーって、世界が中央集権型のシステムだったから、それを模倣していったのだと思います。Google創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンの2人だって、思想的にはヒッピーな感じだったはずで、中央集権の官僚組織を作りたいと思ってGoogleをつくったわけではない。でも資本主義の下でお金を集めて、広告モデルを導入してといった具合に旧来のシステムが侵食し、成長という利害に向けた共犯関係を結んでいった。それこそ既得権力の破壊を求めるテクノロジーと貪欲な資本主義の結びつきが際立った最たるものですよね。
速水健朗さん
ITの世界では、3、4社がシェア争いをするのではなく、独占で発展するところがありますね。
小林弘人さん
ネットワーク効果が働きますからね。一人が使っていても意味がないけれど、多数使うことで、さらに技術が洗練されサービスも豊かになる。しかし、ブロックチェーンのような技術は、中央集権的なものへの反発として出てきている。つまり、インターネットが本来持っている分散型の発想から生まれてきて、所有ではない形のテクノロジーの段階にすでに入っていますが、所有という思想をめぐる話なので、まだ一般的に理解されにくい気がします。
速水健朗さん
仮想通貨は、一時的に注目されましたが、日本では特にバブルが弾けたように騒がれた後は、世間の関心も消えたように映ります。
小林弘人さん
現在金融庁を含めて金融業界は、仮想通貨ではなく「暗号資産」と呼称しています。既存の通貨は、国の主権の下でお金が発行されていて、信用が予め担保されている一方、暗号資産は、もともと土地やその所有権といった先天的な束縛がないところで生まれている。とはいえ、国家からのコントロールを受けない通貨が干渉を受けずに、普及するかというと極めて難しい側面もあります。それに中国のような国家が支配的な立場をとれば、本来の「その通貨の発行について支配・運用している単一存在はない」といったサイファーパンク的(暗号技術を使った市民運動)な特色が消されたりもします。
速水健朗さん
仮想通貨で優秀なものがあるからといって、既存の通貨を飛び越えては普及しないと。
小林弘人さん
とはいえ、ビットコインはすでに法定通貨の枠外で基軸通貨になってしまった。変動性が高いため決済に向いていませんので、さまざまな安定的な価値に紐付けようとする「ステーブルコイン」が生まれるきっかけになっています。ビットコインのジェネシスブロックと呼ばれる最初の記録箇所には、英のTimes紙の記事の見出し部分が引用されています。銀行が破綻し、英財務大臣が二度目の銀行救済に公的資金注入を行ったという内容の記事の見出しです。政府が銀行維持のために税金が使われるようなことへの反動として、ブロックチェーンが生まれてきたのだという重要なメッセージでもあります。

香港、ベルリン。分散化したコミュニティが集積する、コンパクトな都市に可能性がある。

ーーテクノロジーの発展は、さまざまな社会のルールを変えてしまう。新しいものが生まれる場所も変われば、お金の姿も変える。一方で、思っていたのとは違った結果も生まれる。例えば都市。未来学者のアルビン・トフラーの『第三の波』(1980年)は、ネットワークが発達した世界で、人は通勤しなくなると予言。そこまではある程度正解。そうなると、都市部の地価の高い場所から人は離れ、都市はなくなるとトフラーは予言した。
小林弘人さん
都市はなくならないと思います。配送・移動・人を雇うコストは集約したほうが効率的ですから。でも、人がたくさんいることや便利であることのみが都市の強みではなくなってきていると思います。例えば、香港やベルリンなんかは、東京に比べるとコミュニティが緊密です。緊密でありながら、世界につながっている。それって、ノードっていうことなんだと思います。ノードって、結合点って意味で、小規模の集合が数多く分散していて、ある地域だけそれが多くなる。しかし、そのノードは固定的ではなく、イケている場所に移動する傾向をもちます。
速水健朗さん
人との接触頻度が高いというのは都市の特徴ですよね。オンライン会議では生まれないアイデアが生まれたり。
小林弘人さん
オンライン会議は、新しい発見の場というよりも、すでに決まったことの追認の機能で使われていることが多いという印象です。どういうことかというと、目的と制限時間がほぼ決まっているため、偶発性のイベントが起きる機会がすくない。実際に人と会って話すと、もうちょっと話したいなという気になるじゃないですか。グルーブ感、あるいはバンドによるセッションのようなもの。zoom飲み会でも、疲れたらお終いにしようかってなりますけど、実際の飲み会だったら、疲れてもすぐに解散にはならない。それどころか、もう一軒行こうよとか、何なら今晩はうちに泊まれよ、みたいな、偶発性がある。でも、最近spatial.chat(スペチャ)を使ったけど、ダラダラ感はリアルっぽかった(笑)。
速水健朗さん
ノリとか勢いみたいな。
小林弘人さん
僕はメッセージのシグナルノイズ比(=SN比)だと思ってます。SN比って、オーディオマニアがよく使うワードなのですが、シグナルの中にノイズがどれだけあるかを示す数字です。品質を保つためにはノイズを減らさなければいけないけど、全部がシグナルになることはない。オンライン会議は、SN比でいうと、シグナルが多くてノイズが生まれにくい仕組みなのではないかと。
速水健朗さん
比喩としてよくわかります。桑田佳祐もエッセイで、自分のギターと歌だけが音程がずれている夢を見るって。それを山下達郎に話したら、デジタル上で音楽を作る時代は、どの楽器も音程が正確になるから、ずれるとすれば音声とギターだけになり、それは避けられないよという話になったと。
小林弘人さん
興味深い話ですよね。デジタルカメラも解像度が高くなって、撮影した背景が、どこまでも細かく再現されてしまうようになり、逆に人間の肉眼の限界を超えています。あんなふうに見えていますか? 僕は老眼だから高解像化してくれるのはいいかもしれないけれど(笑)、4Kモニター越しに等倍で見ても精細ですよね。また、我々はデジタル写真を見慣れすぎて、飽きてしまってもいる。今、写真の表現を追求する人たちの間は、フィルムを使ったり、もしくは、さらにさかのぼって、湿板式とか乾板式写真とか、さらにピンホール写真や、明治時代に使っていたようなカメラで撮っていたりする。さらには写真の出来上がりまですごく時間がかかるみたいなところにまで戻っていたり。
速水健朗さん
写真の発展の過程が逆回しに。
小林弘人さん
四隅が黒くなっているみたいな「ケラれた」写真は、タブーだったのに、逆にそれを追求して撮影したり。つまり、シグナルの比率が上がるのに対して、ノイズの追求が始まっている。そしてノイズを拾うにもセンスが求められるということでもある。
速水健朗さん
写真だけではなさそうです。
小林弘人さん
会話でも、ノイズを取れる人と取れない人で差は生じている。自分が情報を投入して、そこに情報が返ってきて、そこでインスパイアされたりする。そもそもアイデアって、誤読とか空耳と一緒なんですよ。勘違いとか聞き違いとかをきっかけに、なにか発想につなげられるかどうか。
速水健朗さん
ノイズってうまくつくれるものなんですか。
小林弘人さん
シグナルだけの追求だと、それは、効率化社会であるとか資本主義の末路に向かってしまうと思います。つまり、すべてをデジタルだけで完結するように置き換えていく中で、それが正しいことかであるかのように”スクリーン・ドクトリン”的なものが生まれつつある。でも、コンピューターやデジタルテクノロジーが始まって間もない時代には、もっと多様な変化が起きていくだろうという予感があったはずなんですよ。でも今はとても線形、リニアに発展しようとしている部分もある。シンギュラリティーという考え方も線形思考だと思います。人間の思考は線形のほうが理解しやすいため仕方ないことだと思いますが、非線形による思考が今後はカギになる気がします。
速水健朗さん
ノイズはなるべく避けようって、まずは考えますよね。
小林弘人さん
そう、情報が欲しいときって、多くの人はシグナルだけを欲しがるんですよ。いわゆる大企業の頭の良い人たち相手に講演をすると、「じゃあ弊社はどうしたらいいのですか?」って質問が必ず来るんです。でもそれは、シグナルだけを求めている。スティーブ・ジョブズだって、ジョブズの発想法とか、プレゼンとかが人気ですが、ジョブズってたくさん失敗しています。
速水健朗さん
LisaもNeXTも失敗してますね。あと、ピクサーのエド・キャットムルの書いた『ピクサー流 創造するちから――小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法』を読むとジョブズがいかに、ピクサーの発展の邪魔をしたかという話が出てきます。そもそもハードウェアを売るというピクサーの当初のビジネスモデルは大失敗している。
小林弘人さん
そう(笑)、キャットムルは、ジョブズにジョン・ラセターの存在を最初隠していたそうですね。グラフィックボードを開発するテクノロジー企業なのに、アニメーターなんて雇ってるのがばれたら怒られるって(笑)。だから、「弊社はどうしたらいいですか?」と問われたら、「まずは、理解できない人を雇えばいいんじゃないですか」と(笑)。
速水健朗さん
ジョブズの成功例だけ見ても意味がない。
小林弘人さん
ノウハウでも情報でもノイズごと受け取ったほうが面白いですよ。苦労もひとしおだけど、血肉になる。
速水健朗さん
わかります。ネット検索で調べたことは、すぐに忘れてしまうのも前後の体験が薄いから、つまりノイズごと物事を受け取っていないからでしょうね。でも難しいのは、ノイズを取り入れることと、テクノロジー不要論、ノスタルジー万歳などは違うということですよね。
小林弘人さん
僕の知り合いのフィルム愛好家たちは、僕もふくめてデジタルとアナログの写真の両方のテクノロジーが好きですね。デジタルの難点は、ブラックボックスの部分が大きすぎるところ。デジタルカメラを分解しても、まったくどんな仕組みで写真が生み出されるのかわからない。ソフトウェアに至ってはなにがなにやら(笑)。でも、一度フィルムを扱うと、写真が写る仕組みやどういう過程でそれが紙に写り込んでいくのかなどを掴むことができる。たしかに、画像編集ソフトのフィルターを使えば、自由にシャドーとハイライトの調整できますけど、一度、暗室の作業とかプリントのときに光を当てる経験をしないと、その原理は理解できないですよね。
速水健朗さん
現像時の薬品との接触を増やすということですか。
小林弘人さん
いや、露光する光が現像機、乾板にあたるときに、光を遮る時間を調整しているんです。写真家のリチャード・アヴェドンは、露光のときに複数のアシスタントを使って顔の部位によって光を断続的にあてる工夫をして調整していたんですよ。指を蝶々みたいにパタパタパタと動かして調整するのが一般的ですが、専用の道具を自作してやっていたとか。

『ハーパーズ・バザー』、『VOGUE』をはじめ、20世紀のファッション写真を牽引した、写真家、リチャード・アヴェドン。写真集『In the American West: 20th Anniversary Edition 』より。

速水健朗さん
ノイズの取り込み方も、人足と手間がかかっている(笑)。
小林弘人さん
僕は『After GAFA 分散化する世界の未来地図』という本を書くときに、テクノロジーの発展によってブラックボックス化した技術を、さかのぼってもう一回体験することを”リバースエンジニアリング”っていう造語を使って説明しました。フィルターを使ってアヴェドン風みたいな写真が簡単に撮れたとしても、それはもはやコモディティですね。技術の民主化が招いた陳腐化です。ゆえに偶発性あるやり方の追求が生じます。もちろん、理屈を知って使うのでは、表現の仕方も変わってくる。

小林弘人さんが世界のカンファレンスや企業、人に会って取材した、デジタル社会の最新情報を惜しみなく公開。ただの貨幣システムだと思われがちな(まったく違った!)ブロックチェーンから、GAFA以降のビジネスモデルまで、まさに2020年版の「よげんのしょ」。KADOKAWA/1,650円(税込み)。

速水健朗さん
将棋でもAIを使った局面分析によって戦術が更新されている一方で、古くて今では使われていなかった戦術が見直されたりもします。明治時代の新聞に棋譜がたくさん載っているし、もっと古い棋譜も残ってます。
小林弘人さん
人はすぐ未来のことを聞きたがるけど、過去にこそ未来が埋もれているんですよね。これからの知のナビゲーションは、いかに過去と結び付けられるかがカギだと思っています。after internet とbefore internet。BC/ACみたいな知識をいかにミックスさせるか。それが未来に向けたハックなんじゃないかって。
ーーすでに普及したテクノロジーが普及する以前を想像してみる。インターネットが普及する前は、どんなふうに世界が見えていたのか。”リバースエンジニアリング”という小林さんの造語は、そんなふうに、時代をさかのぼって考えるという手法である。考えるだけでなく、それが誕生する過程をもう一度体験する。経験ではなく体験。そう、”体験”には、この話のもうひとつのキーワードである”ノイズ”が存在しているのだ。

今回、速水氏がインタビューのリサーチやメモに使用したのが、13.3型モバイルノートPCの富士通パソコンFMV「LIFEBOOK UHシリーズ」。シリーズ最上位モデルである「LIFEBOOK UH-X/E3」は 約634gの世界最軽量モバイルノートPC。圧倒的な軽さ&PCle接続に対応したSSDの搭載で高速起動。いつでもどこにでも持ち歩いて、ストレスなく作業できるから、ちょっとした隙間時間なども有効利用。(記事内での速水氏使用モデルは「LIFEBOOK UH-X/D2」)

富士通パソコンFMV「LIFEBOOK UH-X/E3」
OS:Windows 10 Pro 64ビット版
CPU:インテル® Core™ i7-1165G7
メモリ:8GB
バッテリ稼働時間:約11時間
Office:Office Home & Business 2019(個人向け)
サイズ:W307 × D197 × H15.5(mm)

※13.3型ワイド液晶搭載ノートPCとして世界最軽量。2020年9月1日現在、富士通クライアントコンピューティング調べ。

FMV「LIFEBOOK UHシリーズ」の詳細はこちら

FMVの想いとこだわりの詳細はこちら

interview&text/Kenro Hayamizu photo/Shota Matsumoto edit/Emi Fukushima

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